《香織 終》無事に

目を覚ますと、17時だった。

川端さんは起きており、
「さっき連絡ついたよ、あと30分くらいで出られるってさ」

と話す。

「出られたらもう今日は帰るかな。疲れちまった」

寝起きで意識がぼんやりする中、

くぅー

小さく、でもはっきりと香織の腹が鳴った。

一気に目が覚め、顔が赤くなるのがわかった。


「え」

川端は香織のほうをみてしばらく考え、

「もしかしてさ、さっきもらった弁当って昼飯だった?」

「え、いや、でも大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃないっしょ!悪い、自分が腹減りすぎててなんも考えてなかった!」

グゥゥー
と、また腹の音が響く。が、音が一つではなかった。


川端が腹を撫でながら、
「実は俺も…その、足りなくて…」

今日は災難だよな、本当に…と苦笑いする。

「出たら飯食いにいこう!飯奪っちゃった分奢るから!」
手を合わせながら謝る川端は、さっき会ったばかりのときより幼く、可愛げがあり香織は思わず笑ってしまった。


その後10分ほどで、無事に出られた2人には、

香織には「いいなぁ、川端さんとなんて」
川端には、「お前、あの移動してきた美人さんと一緒だったって?ラッキーだったな」
と声が掛けられた。

いやいや、心配してくれよ(くださいよ)。

と、口を揃えて文句を言ったのち、それぞれの上司に報告し、2人は焼肉屋に向かった。

《香織》いつになったら

さらに1時間。

遅い。3時間はもう過ぎた。

いつになったら出られるの?


連日の激務の疲れが出たのか、腹が満たされた川端は眠ってしまっていた。

通信ボタンを何度か押してみたが、反応はない。

くうぅ~…

今度は香織の腹が鳴った。

思わず腹を押さえるが、川端はぐっすり眠っているようだ。

昼休み、弁当を持ってきたが部内の気まずさから外に出た香織だったが、

今度は外で弁当を広げるのが気まずく、
しかし弁当があるのに別で昼食を購入する気にもならず、
結局コーヒー1杯で昼を済ませていた。
その弁当が、さきほど川端の腹に入ったというわけだ。

「お腹空いたな」
時計を見ると16時を過ぎていた。

することもなく、次第に香織もうとうとしてきた。

《香織》お弁当

「え?弁当?」

川端さんは驚いて、
「いや、悪いだろ?」
と断る。
やはり恥ずかしいようだ。

「そろそろ出られると思うし…」

ぐぅ…

「もう腹へったの通りすぎたから…」

ぐっ

「お腹、聞こえてますよ?」

「え?いや、…」

「我慢してますーって音」

「…うるせーな」

「出たらまたすぐ仕事戻らなきゃ行けないんじゃないですか?そしたら食べられないですよ」

「…」

香織が弁当の蓋をあける。

「本当に大したものじゃ無いんですけど、お腹の足しには…」


ぐうぅーぐぐぐぅきゅるるるー…


弁当のにおいに刺激されたのか、川端の腹が盛大に鳴った。

川端さんは真っ赤になる。

「ほら、あんまり我慢してると具合悪くなっちゃいますよ」

「…悪いな。」

川端さんは弁当箱を受けとると、
あっという間に完食した。

《香織》諦め

1時間後。

「そっか!内村と同期か。あいつも頑張ってるよ」


お互いの部署の同期の話などをする中で、かなり打ち解けて気まずさは減っていた。



香織が、
「今も割りと仲良くて、この間はみんなで焼肉いったんですけど、」
と話すと

「焼肉かぁ…」と川端はゴクンと喉を鳴らした。
そして、素直な体から悲鳴のような空腹音が響いた。

「あ、ごめんなさい」
思わず香織が謝ると、

「いや、謝ることじゃないだろ」
と川端さんが苦笑いを浮かべる。

やはり営業部は忙しく、朝から晩まで慌ただしいので、最近は昼にガッツリと食べる以外、朝食や夕食はごく簡単に済ませてしまっているとのことだった。

「いつも昼前にはエネルギー切れ状態でイラついてて…情けないよな、これを機に気を付けるわ」

ぐぐぐぅ。あぁ、腹へったぁー…と、子どものようにつぶやく川端さんは、もう空腹もお腹の音も隠す気が無いようだ。

香織は、「あの、これ、簡単なものすぎて恥ずかしいんですけど…」と、包みを取り出した。

《香織》正直なお腹

これは聞いてあげたほうがいいだろう。


「お腹、空いてるんですか?」

川端さんは、
「いや、別に…」と答える。

しかし、この狭い空間だ。
さっきから、川端さんのお腹が小さく、くぅくぅと音をたてているのが聞こえる。

「座ったらどうですか?長くかかるみたいだし。」

「あぁ」

「お昼、まだなんですか」

「いや…」

ぐうっ

慌てて川端さんはお腹を押さえる。

香織はカバンから飴を取りだし、渡した。

「営業部忙しそうですもんね。」

「気をつかわせて悪いな」

と言いながら川端は飴を受け取った。

《香織》お腹空いてます?

携帯は、圏外だった。

30分ほどたった。

川端さんは、ドアの前に立ったまま視線を下に落としている。

私は壁際で座って待つことにした。


「座ったらどうですか?」
「災難ですね」
「急ぎのアポとかありました?」

など…
話し掛けようか迷いながら時間は過ぎていく。

仲良い人とでも気まずいのに、
話したことない人となんて。
しかもイケメン。
いっそおじさんとかのほうが、気まずさはなかったかも…

色々考えていると、不意に

ぐうぅーきゅるきゅるきゅるきゅる…

川端さんのお腹が鳴った。


…お腹空いてるのかな?

昼休み明けなのに?



聞こえなかったふりをするには、音が大きすぎた。

イケメンもお腹鳴るんだ。
私は笑いをこらえる。が。

ぐおぉぉぉ

さりげなくお腹を押さえていた川端さんの努力もむなしく、再度轟音が鳴り響いた。

《香織》出られない

びっくりした…。

 

川端さんと顔を見合わせる。

 

 

「驚いたな。」と言いながら、川端さんは24時間監視中、と書いてある辺りのボタンを押す。

 

オペレーターと繋がった。

永田町の○○ビルの…」

川端さんがオペレーターと話している。

 

「ご安心下さい。安全は確保されていますので慌てずにお待ちください。」

 

良かった。

 

川端さんが「大体どのくらいで出られますか」と話す。

 

「作業次第ですが、大体3時間程度です」

 

 

うわ、結構かかるな…。

私もそう思ったが、

 

 

チッ。

川端さん、舌打ちしている。

 

げっ、イラついてる…

優しそうなのに、案外短気なんだ…